伏見稲荷大社

伏見稲荷大社は全国の稲荷社の総本社であり、稲荷信仰の中心にあたる。 その、語祭神についてはいろいろな学説があるが、大概としては稲荷の社名 がしめすように「穀霊神」である。 稲荷とは稲成または稲生のネがイナリとなり、リは言語上ニに転音するから 荷の字をあてたのではないかとされている。起源は和銅4年(711)と 古く、深草の長者・秦伊呂具によって創立されたのが始まりとされている。 本殿の中央に宇迦之御魂神、右の間に大宮姫君、左の間に猿田彦神を 祀っていて、ともに農耕神である。 今日では、商売繁盛の神としても信仰を集めている。



楼門

楼門とは二階建てではあるが、一階に屋根がなく高欄つきの縁がつく 門のことをいう。この楼門は昭和49年12月14日、解体修理が終わった ものである。豊臣秀吉が生母大政所の大病平癒祈願を稲荷大社に命じ、 成就のとき一万石を寄進する約束したのが契機となって建立の 運びになった。桃山様式の重厚な華麗さが朱の色に調和している。



本殿

本殿の建物は室町時代、明応三年(1494)のもので、五間社流造りの 堂々たる大社殿である。本殿の前方に内拝所があり、その正面の向拝には、 大きな桃山風の唐破風がついている。この向拝の唐破風は元禄7年 (1864)、はじめ本殿に取り付けられたが、昭和36年に内拝所が つけくわれたさい、本殿を原形にもどし、内拝所の正面に取り付けられた ものである。なお本殿の細部の装飾的彫刻などは牡丹に 唐獅子や唐草を配した華麗なもので、本殿の壮大さと適合して桃山的 気分があふれている。

御茶屋

寛永18年(1641)、後水尾天皇から仙洞御所の建物の一部を 賜ったものである。入母屋造りに桧皮葺の軽快な建物で、内部は一の間と 二の間とからなり、その北側に広縁と四畳敷きの玄関、南側に半間の縁が ついているこじんまりとした数奇屋である。